三春シンポジウム帰宅途中で、那須に寄る
 果たして、那須のブルーベリー園見学は、ブラック面の視察そのものになってしまった。
まず最初の見学の園地は、他人の園から。
ロイヤルプリンセスガーデン(仮名)という高級美術館に併設されたハーブ&ブルーベリー園で、ここのブルーベリー園は、植付や栽培指導は専門家の指導のもとで作られた。

 が、専門家本人はここには居ない。
ゴージャスで大理石の像も飾られていて、ステキな庭が印象的だ。
が!、そこのハイブッシュブルーベリーは壊滅的な発育不良を起こしていた。
木は生きているが、枝の成長があきらかに不振だ。

 ハイブッシュの新枝は、40センチに伸びるどころか、10センチ以内の伸び。
複雑怪奇な枝の伸びを示している。
多様な植物が植えられているハーブ園なので、その中ではブルーベリーが一番多いのだけど、ラビットアイでさえ中の下の生育といったところだ。

 ブルーベリーの崩壊的な姿を見て、オレと一緒に来た鈴木先生は、言葉少なめに見学。
ここの園は、美術館がメインであって、ブルーベリーの手入れはオマケ程度?。
管理のおばさんも栽培知識があまりなく、雇われた立場では根本的な対策はどうすることもできずに、発育不良の事例だったもしれない。

 次の園へクルマで向かう。
今度は、車内から見た。
牧場のアイスクリームを売るところで、店鋪と一緒にブルーベリー園も併設されてて、牧場経営のミルクやクリームに収穫したブルーベリーが加工されて、アイスクリーム等になって観光客に売られている。

 ここのブルーベリー園も、専門家の指導で植えられている。
が、年間の手入れは専門家自身はやらず、専門的に手入れする男性従業員がいるようだ。
売店の女の子は、基本的に農園の手入れまではしない。
巨大な鉢植えで育てたブルーベリーを、露地に順次植え替えてあるが...、ここの園の木は、発育や手入れが良いとまでは言えないが、悪いとも言えない。

 どっちかといえば、良い方かな。
アイス屋は一年中営業しているので、厳冬で観光客が来なくてヒマな時期でも雇うため、経営者としては大変じゃないかな。
とか、クルマの中から眺めながら話した。

 で、次の視察園は、いよいよオレんとこだ。
なにしろ、オレの園は草ボウボウだ。
高く伸びた雑草をかき分けて歩く。
今思えば、草ボウボウの自分の園とか、よく見せたもんだ。
 
■あとで写真を入れる■ 根元にタイヤがある図

 そうはいっても、ブルーベリーの個々の木は、タイヤで囲ってその中では雑草を(あまり)生やさないようにしている。
タイヤの中には、オガクズを入れてある。
そのオガクズは梅雨時だというのに、手を突っ込んでほぐすと、ぱさぱさに乾いていて、ブルーベリーの根も張らないという現実を見せると、鈴木先生は特に何も言わなかった。

 今年はよく伸び始めた苗木が多かったので、オレとしてはそういう木を見てほしかったが、先生は良い木はあまり丹念には見ずに、オレの園のすぐとなりにある他人の手入れ不良のブルーベリー園を、むしろ丹念に見始めた。
そこではラビットとハイブッシュを半々に植えられているが、ハイブッシュは次々に枯れるか小さいままで、主体はラビットアイになったものの、それの発育も思わしくない姿だ。

 地面からサッカーもろくに出てない。
オレの園地に隣接されているが、オレんとこは谷間だが、隣接地は一段高い土地で、条件としてはより良い。
だが、ラビットアイの育ちは良いというほどでもない。
ついに鈴木先生は一気にしゃべりだした!。

「大津君、自分の人生を大事にするんだったら、ここはやめて場所を変えてしまった方がいいよ。
 50代、60代になってもこんなことをやっていたら、とりかえしがつかなくなる。
 ここで育てるんだったら、高ウネにしなくちゃ。
 それで、かんがい用の設備もつける。高ウネの上にさらにチップも乗せる。
 それに遠距離の農業なんて、とても無理だろう。
 ここでは私(鈴木)もやらないよ。
 ここに住んでて手入れもしてて、他に会社に就職もしているというならともかく。
 防鳥用のアミもつけなくちゃ、高く売れる一番果もつつかれて被害にあってしまうよ。
 やめるという決断もするのも大事なことだよ。
 ウチ(鈴木)にも研修生を置いてあるし、会社を作って若手の後継者として働かせてある。
 そこで大津君も一緒にやってみたらどうだい。」

という内容であった。
要するに、那須高原におけるブルーベリー栽培の全面否定であった。

 もしこれを言った人が、シロウトであったならばオレは聞くわけもないが、まあ、素人としての感想や印象なら聞いてもいいが、でも今回の鈴木先生は、ブルーベリーの百戦錬磨の真の大ベテランなのだ。
視察や改善指導もべらぼうな数だ。
言った指摘は真実を突いているのだろう。

 後日になってからの先生の再アドバイスは
「い・ま・す・ぐ、やめた方がいいよ。すぐに。」
と、表現はさらに過激になっていた。
が、見学当日での、その場の言葉は遠慮気味(配慮?)だった。

 根拠としてまとめると、土壌の不適、とくに水田跡地、ひときわ強調されたのがオレが遠距離園芸していることが問題視された。
まあオレとしても10年もかけた事業をだな、「ハイ、すぐやめます」と言うわけもない。
言えたら人間じゃねーや!。

 オレの言い分としては「中小企業の社長と同じで、経営が傾いてしまったからといって、会社をやめてしまえ!と周りが言ったところで社長はそんなことできるわけないし。」
と、経営者でもある鈴木さんに、やんわりと反論。
鈴木さんは日頃大変温厚な人だが、それでも今回かなりの剣幕?だったので、オレは
「苦境に立った人を責め立てると、鬱になるか自殺する人だっているし」というと、鈴木さんは怒るのをやめた。

 今回のブルーベリーシンポジウムでは、福島の原発事故によって、農作物が全く売れなくなって、自殺した人のことが、話題として発表されていたのだった。
福島県のブルーベリー関係者では原発事故以来は、摘み取り客の予約を全て断られてしまったとか、倉庫に積んだ果実が売れなくなり、保証もされない事実とか、または汚染地になって育ててきたブルーベリー園を捨てて移住して、荒れ果てた園とか、破滅と放棄と大損失の姿が、実際の報告として繰り返し言われてきたところだったのだ。

 また、センセにも深刻な背景があってな・・・、茨城県で最大規模の2ヘクタールのブルーベリー園が、つくば市で作られて、その開園式にはオレも参加していた。
鈴木先生も深く関わっていた。
その園がな、10年経って、先日、さら地になって、廃園になってしまっていた。
地域振興として、ブルーベリーの産地化が華々しく広報されているが、ひっそりと途絶えていくブルーベリー農園もあるってことさ。

 むしろ、挫折の経験がある方が、栽培の専門家として信用性がある、とオレは思うけどな。
百戦錬磨とはこのことだ。
オレは知っていたから、そのことに触れると、そこは「後継者がいなかったから」というのが先生の答えだった。
後継者?。
利益が出ていたのであれば、農園管理者として、代わりの若者が引き受けてくれただろうよ。

 ブルーベリーの出来不出来は、土地によって、すごい差がでる。
同じオレがやっても、那須高原と関東平野でも、じつにものすごい差がある。
ハイブッシュブルーベリーは特にな。
不適地はあきらめてしまう勇気も必要だということだ。

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 さてさて、オレも10年以上の経験も積んできたので、ただ言われるがままになるわけでもない。
鈴木さんちの自宅にまで送り届けることになって、車中の話では、今年の秋に石川県の柳田村へ視察と技術指導があるそうだ。
茨城県から北陸というと大変な遠距離だが、「大津君、一緒に行こうよ」と先生が言った。
一目置かれたのか、それとも再教育の必要があると思ったのかなー。

 柳田村は、山間の谷間にあった休耕田に、ブルーベリーを植え付けた古い産地だ。
当時は、村おこしで脚光があったが、谷間の休耕田にブルーベリーを植えたならば、それはまさに那須高原のオレの園と苦悩の条件と重なる。

 自宅に着いて、関東地方でも最も古くからあるといえる鈴木さんの所有地のブルーベリー園も見学させてもらった。
大先生による一対一の個人指導で、じつはこれは大変貴重だ。
休耕田ではチップを目の高さまで膨大に積み上げて、その上で栽培するというのを見せてもらったのは、あらためて後日の訪問時のことだった。

= あと少しつづく =

参考ブログ
えんどう農園
ブルーべりー園作業日記とブルーベリーの未知
ブルーべりー園作業日記とブルーベリーの未知
ホリちゃんブルーベリー園
いいづなの猫 さん
2015年8月6日 記
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