ブルーベリー成木移植えっちらおっちら
 近所のブルーベリー園に行ったら、ブルーベリーの木を一列だけ抜くというか売るよ、とそこの主人が言った。
畑の中を車が通れるようにするため、一列不要になったらしい。
でっかい成木で、品種はフェスティバルだ。

 一本千五百円だそうで、木がでかいわりには値段がずいぶん安い!。
オレ、買うことにしたよ。
それにしても、このフェスティバル、高さ二メートルもあるんだ。

 安いとはいえ、抜いて運ぶのは自分でやらなきゃならない。
これは大仕事だぞ。
でも、オレには、自家用ユンボがある。
それで引っこ抜きゃあ、いいのさ!。

写真
とっても小さなユンボです

 この話があったのは、去年(二〇〇九年)の十一月ごろだ。
ブルーベリー一列の本数を数えたら、約三十本あった。
移植は大変だけど、正月までにはなんとか終わるかなあ?。

 どうにも、なにぶん、ブルーベリーの木がでかすぎる。
植える場所がすぐ近くならともかく、移植先が片道百キロメートルの那須高原であるからなぁ。
軽トラにたくさん積むためにも、ブルーベリーの幹だけ残して、細かい枝は切り落としておく必要があるな。

 というわけで、ノコギリじゃめんどくせえんで、というか、本数もありすぎるので、買ったばかりの二十六CC刈払い機にチップソーを付けて、ブルーベリーの枝を切って回った。
ガッ!ガッ!。
木片がふっとび、顔面にあたり、いてえ!。

 あぶねえなあ。
顔面プロテクターしなくちゃな。
なにしろ強引な切り方であるから、刈払い機のギアヘッドがだんだんおかしくなった。
叩き切りなんかするからだ。

 ホームセンターで買ったこの刈払い機、値段は二万円だったが、ギアヘッドだけ交換修理に出すと一万円はかかるらしい。
あ〜あ、このまま我慢して使うしかねえや。
さてさて、こんなことは、まだ序の口、ニの口。
ブルーベリー成木の移植は、思わぬ展開も相次ぐのであった。



 枝を大幅に切り詰めた後は、いよいよ掘り出す作業だ。
軽トラックにオレの小型ユンボSS1を搭載して、畑に到着。
この小型ユンボで、フェスティバルの株を引っこ抜きにかかる。

 刈払い機で強引に枝を叩き切ったから、二メートルあったフェスティバルは、高さ五十センチからせいぜい一メートルほどの幹だけになっている。
でも、まだ、枝の高さが高すぎたようで、小型ユンボで掘り込むときに挟み込んでしまい、幹がボキボキ折れる。
あーもう、かまわんから、強引に掘る。

 超小型ユンボとはいえ、恐るべき力持ちであって、大人五人分くらいの力はある。
メキメキメキッ!。
ブルーベリーの切り株を掘り込んでは、持ち上げてしまい、小型ユンボは怪力ぶりを発揮!。

 だが、この直後、トラブル発生!。
セルモーターの故障のようで、動かなくなり、このあとじつに三ヵ月にわたって、修理工場に保管となってしまったんだあ!。
修理の詳細はめんどくせえんで省略しよう。

 ここでは、その後のブルーベリーの移植の奮闘ぶりを述べるとしよう。
正月休みまでには全部移植しおわると考えていたのに、これじゃ、できないじゃないか。
しかたないから、シャベルを持ち出して、人力で掘る。

 ガッ、ガッと掘る。
根っこが強力に張っていて、真冬だというのに汗が噴き出し、掘り上げるのは重労働の極み。
なにしろ土付きの株だから三十キロぐらいある。
疲れるぞ、すごく!。

写真
ソリは土運びにもよく使う

 株を雪ソリに載せて、地面を滑らせて運ぶと、重いわりにはけっこう楽で助かる。
ソリというのは進む抵抗が大きそうだけど、車輪よりは高さが低いので載せやすく、凸凹した地面でも安定度が良く、意外と運べる。
とはいえ、なにしろ株を一本掘るだけで疲労困憊してしまい、日曜日に一本か二本掘り上げては、ちびちびと那須の畑へと運んだ。
が、二〇〇九年末から二〇一〇年二月ごろまで、やたらと雪が降るわ降るわ。

 例年より、明らかに降雪が多い。
雪が降ったんじゃ、ろくに作業できねえよ。
おまけに、掘り揚げたフェスティバルを植えようとしても、地面凍っているしよ。
穴掘って、土をかぶせようとしても、かぶせる土もまた凍っているから、うまく盛れん。

 悪戦苦闘が続くうちに、春が近付いてきた。
木の芽が発芽しちまうよ。
せめて、春の彼岸までには終わらせないと…。
と、ユンボの修理のゴタゴタが、なにしろ鉄の歯車の交換部品が十五万円!と言われて、オレはビビッて自分で修理できるところはなんとか済まそうと、まあ、結局は安く直ったけれど、もはや、春の彼岸になっていた。

 ユンボ直った!。
というわけで、もう、猛ダッシュだ。
那須の畑に運んで、ようやく雪は消えていたから、今までは比較的丁寧に植えていたんだけど、もはや時間がないからまたもや強引にやるはめに。

 そして、那須の畑で不要になってたラビットアイ最晩生品種を引っこ抜いて、これは帰りに水戸の畑に運んだ。
那須高原は気温が低めのため、ラビットアイ晩生品種は熟すのが九月以降になって、果実が硬くなって味も冴えないという事情もあったんでな。
抜いた跡地にフェスティバルを植えたけど、玉突きでの移植は、なにかとめんどい。



 ふう〜、移植が完了するまで、じつに五ヵ月ぐらいもかかってしまった。
ふつうは成木の移植でも、もっと短時間で済むもんだ。
オレは全体的にみても、手間や時間が余計にかかってしまったのだろう。

 移植が終わった直後だが、季節は三月末、あることに気付いた。
切断した幹の断面がでているわけよ。
2010年3月31日 記
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