大型甘美な半透明の黄金色で、豊産性の交配モミジイチゴ
「実験園のバーバンク」のラズベリーのところは、オレは特に興味があった。
ガーッ!、と一気読みだ。
読んだ、興味深かった、では、紹介にならないので、オレが本から引用してキーボードで入力してみよう。
長文になるけどな。



 ルーサー・バーバンクは、東洋方面からの(育種)材料に期待した。
日本から送られてきたナワシロイチゴ属の一種(モミジイチゴ)があった。
彼の直感は、この日本の野生灌木の形質の中に、努力に酬いてくれる可能性の潜んでいることを感じた。

写真
モミジイチゴの果実
1998年5月31日撮影

 この問題の一種は、日本の富士山麓に野生していたモミジイチゴ(Rubus copto phylus = May berry =メイベリー)である。
採集者は、その最良型の漿果(液果の小果実)と、漿果の着生していた株とを彼の手許(手元)に送ってよこした。
この採集品は実験園に植えられた。
翌年、日本産のモミジイチゴは、大型の白花を開いた。


写真
モミジイチゴの花らしい
2001年4月21日撮影

 彼の希望は、東洋の種と同属の北米系統のものとの交雑のもたらす変化の可能性にかけられていた。
彼はモミジイチゴとカスバート種エゾイチゴ(Cuthbert raspberry)とを交雑させた。
カスバート種は、交雑の親として定評ある良いラズベリーであった。

 交雑の結果は成功だった。
雑種は迅速な発展傾向を示した。
数世代の後、その漿果は、きわめて大型に改良され、漿果の色彩も、輝いて美しい黄金色に変化した。
漿果の質も、いちじるしく良好になった。

 これらの改良された良い性質の中で最も注目されてよい特長は、この彼の手による改良種モミジイチゴが、きわめて早期に結実するということであった。
元来、このナワシロイチゴ属の一種は、漿果の熟期が早い性質をもっておることを彼は知っていた。
その特質がこれを交雑研究に使いたいという彼の実験意欲を強く刺激したのであった。

写真
これはカスバートではなく、インディアンサマー
1998年6月21日撮影

 この両種の交雑によって、雑種の漿果に、カスバート種の諸形質を注入するとともに、モミジイチゴの早熟性を保留せしめ、あるいはいっそうこの性質を強調せしめることに彼は確信をもっていた。
彼が育成しあげたものは、まったく新しい型の漿果であった。
新しく創出された漿果は、カスバート種のように大型で、栽培早生種ラズベリーよりも一ヶ月も(熟期が)早かったので人々は驚嘆した。

 彼はこの新漿果に、「日本系黄金色モミジイチゴ」(Japanese golden mayberry)という名称をあたえて、一八九三年発表した。
形態は灌木状だが、六尺から八尺(一八〇センチ〜二四〇センチ)にも伸長した。
各枝条(しじょう=木の枝)には白花が傾垂(傾いて垂れる)して咲き、やがて大型甘美な半透明の黄金色漿果となっていく。

 この新雑種は、植えて最初の間は着果数もさほどではないが、樹齢を加えていくにしたがい、驚くべき豊産性を示す。
ただ一つの不幸な欠点は、この新雑種が耐寒性のないことである。
したがって北米の寒冷地域には不適である。



 という、内容であった。
原文には、所々ヘンなところが少々あるので、オレが補正した文章だけどな。
ヘンというのは、耐寒性がないからといって、「フィリッピン諸島では、標準種漿果として認められているように」という記述もある。

写真
フィリッピン諸島のところ
2011年4月11日撮影

 でもよ。
耐寒性がないからといって、亜熱帯気候であるフィリピンでラズベリー栽培というのは、いくらなんでもそれは誤りだとオレは判断したけどよ。
南方に行き過ぎ!。

 まあ、オレの判断で校正しちまったが、原文を読んで最初に思ったことは、バーバンクの「日本系黄金色モミジイチゴ」、オレも欲しい!、ということだった。
なにしろ、大型甘美な半透明の黄金色漿果、というのがイイ。
輝いて美しい黄金色か〜、ステキだ。

 しかも、極早生(ごくわせ と読む)で、驚くべき豊産性か。
いいねえ〜。
超うらやましい。

つづく
2011月5月17日 記
作者を誉めるメールを送ってくれえ〜!
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