サルナシが成ったんだが編
 子供の頃に読んだ学研読み物特集号で、山の方に住む子供が、熊を恐れつつもコクワを採った、というシーンがあった。
熊はわかるとしても、「コクワ」って何じゃ?。
山の畑のクワの実を〜♪、のクワのことだろう、とオレは思ったくらいだ。

 そもそも当時のオレは「桑の実」さえ知らなかったんだから、まったく意味不明な果実じゃい。
文学作品に親しむため読み物特集号はあったのだと思うが、文字だけで写真やイラストがないために、かえって誤解して逆効果か?という気もすらあ。
ともあれ、ほとんどの子供には理解できなかったと思う「コクワ」だが、それは地方名で、正式名はサルナシという。

 コクワはサルナシだ、といっても、今の子供には、まだ通じないと思うが…。
そのくらいにまったく、じぇーんぜん、馴染みがない果物、それがサルナシだ。
しいていえば、サルナシの形は、マタタビに似ている。

 猫にマタタビというくらいで、マタタビの言葉は有名だな。
かといって、では実際に「マタタビの果実」を見た人は?、といえば、たぶんめったにいないと思うが…。
というくらいに、なじみのなさ度オンパレードの幻の果実、それがサルナシだっ!。

 サルナシの味というのは、実際には、キウイの味とそっくりだ。
サルナシを品種改良したものがキウイになった、といっていい。
毛がある系統のサルナシがあって、それがキウイの原種であって、一方、日本の野生では毛がない系統のサルナシが一般的で、オレが栽培したのはこの毛が無いタイプのものだ。

写真
昨年オレんとこで実ったサルナシ
2007年11月5日撮影

サルナシの味
 さて、このサルナシが、今年も(二〇〇八年)成ったんだけどな…。
楽しみにして食べたら、なんちゅーか、お子様用の歯磨き粉?みたいな味がする。
かなり良くいえば、ハッカ風味のキウイ味とでもいうか。
皮ごと食べるから、たぶん、皮の味ではないかと思うのだが。

 柄の味なのか、ちょっといがらっぽくて、うちのサルナシ、そのような味がする。
うまいといえば、まあ、うまいが…。
なにしろキウイと同じ味だ。

 キウイでさえ有り余っているというのに、キウイとサルナシは、もろに競合してしまい、サルナシの需要はいかほどにか?。
だから、わざわざ小っちゃいサルナシを食べる必要があるか?、と自問自答すれば、うむむむ、「サルナシは趣味だから」とでも、言わざるをえない。

写真
収穫したサルナシ
2008年11月17日撮影

 おまけに、サルナシは腐るのが早い。
食べるときには、しぼんで果実はシワシワなんだぜ。
シワシワが極端に過ぎれば、それはもう、腐ってしまっている。

 ツルツルのときは、まだ未熟で固すぎて、酸っぱ過ぎて食べられない。
収穫したものには、鳥が突っ突いた跡のものがあって、もっとうまければ、果実が無くなってしまうはずだが、突っ突いただけで残っている様子から、味のほど推して知るべし。

 サルナシ、このままでは、不利といわざるをえんわな。
今後の対策としては、やはり新品種の導入だろうか。
ベビーキウイという名前でスーパーで輸入物が売られることもある。

 大型の果実であるキウイでも、表面の毛がないタイプの新品種があるらしいから、それを導入という手もある。
う〜ん、どうも、サルナシは開花の割りには結実数もイマイチだし、味もサイズもいまひとつ、といったところだろうか。
オレは何年もかけて今まで育ててきたのだけど…。

そう、我々はできる!  ※オバマ演説のパクり
 今、オレとサルナシは危機のまっただ中にある。
何年も費やした過去を嘆き、これから新たにやり直しても、五年十年とかかる未来の遠さに萎縮し、過去も未来も全否定の心が覆ってしまっている。
この直面している危機は本物だ。

 短期間で安易に解決できるとは思ってはいない。
天が与えた風雨や、実った果実に対して、天候が悪かったとか、思っていたほど良い味ではなかったとか、そのような卑小な恨み言や誤った約束に、いま、別れを告げる(できるだけ)。

 成功は、勤勉・栽培技術・フルーツ愛好心にかかっている。
一本の苗木が、一人の心を変え、一つの地域を変え、一つの国を変え、世界を変える!(change)。
そう、我々はできる!(Yes, we can!)。
我々はやり遂げる!。

 そうだ、我々はできる!(Yes, we can!)。
いつの日か、子孫たちから困難を前に決してあきらめず、たじろがず、果実という偉大な贈り物を未来の世代に無事に届けたと言われるように。
2009月1月25日 記
先日、アメリカ大統領就任演説があったもんで。 就任演説のグーグル検索
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